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2022年5月19日木曜日

食料不足、食糧危機

https://youtu.be/n0hOc2oxaic

食糧危機、食糧不足サバイバル。干ばつ、洪水、戦争、地震。世界的に食糧難が言われています。秋から来年に。自給自足と野草で生き延びる準備を。食品強盗への防御策も必要です。

2018年5月23日水曜日

癌ガンがんの消し方・仙人思考

●仙人的視点からのガン細胞の死滅手段

・肺癌ガンがん  やかんで水を弱いめにて沸騰させ、

その蛇口から噴き出してくる「蒸気」を鼻から吸いこみながら呼吸することで、

微細な高温の水滴が気管支から肺内へと届き、

患部に接する。

・蒸気の代わりに「酸水素ガス」または「水素ガス」を吸引しても似たような効果があると思われる。

・薬品とか、放射線とか、切り取るとかの怖ろしい手段を用いることなく、

昔ながらのありふれたものの中から、アイデアによって色々な方法を探してみれば、

それなりの結果が現れる。

・呼吸、水、食事、生命力、など【地・水・火・風】で出来上がっている身体と肉体であるから、

魔術的なものではない現実の方法で解決すべきである。

2018年5月17日木曜日

酸水素ガス吸引と温熱療法をタダで実現

酸水素ガス吸引健康法、
温熱療法、を手軽にやるには、
・車を利用した低温サウナに
・12Vシガーソケットからの電源で酸水素ガスを発生しながら、吸入する。

・これだけで、体温が上がり、汗が滲み出て来ます。
体内には水素がまわり、体温が上がると、活性酸素が減り、体温で免疫がアップ。
・私はやってみて、かなりの健康法だと実感‼
・あくまで自己責任でやる方法です。
・お問い合わせ
080 6970 5708 いきまで。

2018年4月9日月曜日

アースの作り方

室内に配線が入る。


 外からサッシの隅を通して、室内に配線をする。

 

アース棒を土に打つ。ホームセンターで売ってます。


 部屋内にアース線が届く。これにピラミッドなどを繋ぎます。



2017年7月19日水曜日

2016年12月9日に、「水素ガス吸入」が厚生労働省の先進医療Bとして
認可されましたので、お知らせいたします。

 
●先進医療の各技術の概要
第3項先進医療【先進医療B】(66種類)
68番 水素ガス吸入療法 12月9日
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan03.html

水素ガスの効果と安全性が世界ではじめて国(厚労省)から認められました。

『水素ガス』が認められたということは、
酸素ガスに水素ガスを2%混ぜて生体内に送り込む今回のやり方だけでなく、
液体に水素ガスを含有させている水素水の飲用や、水素点滴にしても
水素ガスを生体内に送り込むという点では同じといえます。

つまり、水素ガスの送達手段は1つではないということです。
『心肺停止後の水素ガス供与が有効である』とのことは
水素ガスの大きな可能性を示唆しており、今後も医療機関での活躍に期待しています。

2017年4月15日土曜日

シューマン波、シューマン周波数はスマホで無料で作れます。

話題のシューマン周波数を発生させるのに無料の方法がありました。

・スマホのアプリのひとつを使えば、7.83HZを正確に作れて、
それをそのまま音(耳には聴こえないスピーカーの振動。目で見るとスピーカーが動いています)で出せますし、
あるいは、変調して聴こえる周波数で出力したりも出来ます。

・ただ、そのアプリの使い方は、電子工学とか電気とか物理とかが得意であった人の

レベルでないと、設定の意味が理解出来ずに難しいと思われます。

・やり方はお電話で、実際にスマホを操作しながら説明させていただきます。
、、、手間暇がかかりますので、申し訳ないのですが、有料です。

・説明時の電話は、こちらからの「カケホーダイ」で架けますので、通話料金はご心配いりません。最初の申し込みだけ手短に電話下さい。 080-6970-5708 イキです。
快眠快寝波(かいみんかいしんは)Ver2 AC-HK02



2017年2月14日火曜日

破れかぶれ長寿法

 まあ、この歳まで生きたのだから、あとは余録の年月だと悟れば、
やることはただひとつ。
 いかに元気で長らえるか、健康寿命を楽しめるかという一点に絞られる。
 様々な健康法がちまたに溢れてはいるけれど、そのどれか一つを徹底的にやったところで、必ずしも効果がてきめんとは行かないだろう。

 何故ならば、生命体は肉体的にも様々な自己防御機能と自己回復機能を備えているし、不具合の要因もこれまた数個程度では済まず、複雑多義に亘るからである。
 だから、こうしたら長生き出来るという話は、1つや2つのやり方で成り立つ筈がない。
少なくとも片手指の数以上の条件や環境が揃わないと無理な相談だろう。

 私が集めた、そして私がやっている長寿法は以下のものである。(順浮動)

1 死の練習(瞑想)

2 テラヘルツ波を浴びる

3 水素ガスを吸う

4 炒り玄米をボリボリ食べる

5 夜の熟睡

6 ゴマ、きな粉、野草茶を食す

7 酢、梅酢ドリンクを飲む

8 波動の高い水を飲む

9 生野菜酵素を造って飲む

10 炭酸、クエン酸水を飲む

11 白湯を飲む

12 少食、不食、ファスティング

13 麦飯石水溶液(ミネラル)を飲む

14 小麦製品、白砂糖、植物油を避ける

15 遠赤、竹炭、備長炭で共振する

16 悩みなしの状態にいる

17 予定を立てない、やらねばを捨てる

18 迷わない、継続の切断または停止

2017年2月11日土曜日

歩くことは生きること (エッセイ)

歩くことは生きること (エッセイ)

 私は六十四歳後半で勤め人を辞めた。
老いが始まった今頃になって真の自由を与えられても、今さら何が出来るのかという無力感が頭をよぎった。
それと同時に、働き続けても資産家にはなれないラットレースの経済社会で人生の元気な時期の大半を消耗してしまったという、残念な思いもあった。
 退職の数か月後には年齢が六十五歳に達し、それに追い討ちを掛けるかのように、町役場からの郵便で、わが身が高齢者扱いとなった現実を思い知らされた。
 数ヶ月が過ぎると、週日を自宅で過ごすという不自然さにも慣れて、無職生活への覚悟も固まった。しかし、何をするでもない、目的もないふらふらとした時間を過ぎやる日々が続き、食欲も精神の活力も失われ、全身にもけだるさが充満し始めた。
 ある朝、心機一転を決し、世の先輩ご老人方を見習って歩く運動を始めることにした。
 家の周辺や近隣の緑地帯を一時間程度歩き回るのだ。家に戻ると確かに身も心も快適になっていた。
 現役の頃、年に数回は朝早く職場に行く必要があった。まだ夜が明けぬ薄暗い田んぼ道を車で行くと、突然に路肩を歩く高齢者たちに何度も遭遇した。世間の一部では老害とも揶揄される昨今だが、私も彼らの仲間になってしまったのだ。

 歩くということの充実感に味をしめて、ひたすら歩いていると、時々自分の意識がゆっくりと別の精神空間に移動することがある。それは一種の幻覚に違いない。ネット検索で調べてみると、脳科学的にもそのような抽象空間が認識できるとの見解も載っていた。
 何とも爽快な感覚なのだが、肉体の快活さが引き金となって、脳内にドーパミンなどの快感ホルモンが分泌される現象なのだろう。元来、原人類は歩いて新天地を目指した。シルクロードを旅した遠い先人たちも見果てぬ地の先に希望と不安を抱えながら歩いていたに違いない。
 歩くということは肉体の動作を指すだけではない。人の一生がまさに歩き続けることなのだ。暮らしの形も質も大きく変わってしまった現在だが、やはり今でも人は生きることの先に希望と不安を抱いて歩いている。
 時間という絶対的なものが停止しない限り、宇宙に存在するあらゆる物質は立ち止まることが許されない。この地上に生命を受けた私も、その宿命として一秒たりとも休むことなく歩むことを強いられている。そうであるならば、多少なりとも、今よりも心を豊かにするために歩くべきだと思った。
 時間は未来から過去に向かって流れている。
後方には過ぎ去った過去が見える。歳月を振り返れば、誰もが生きるために必死に歩き続け、走り疲れてつまずき、深い谷間に迷い込んだ経験があるに違いない。
 迷いは決して多感な青春期だけのものではない。人生のあらゆる場面で人はに判断と決断を迫られ続ける。歩くことはまさに人生そのものであり、旅することでもある。

 穏やかな伊勢湾と、点在する多くの緑地に恵まれた四日市市の面積は六千二百万坪にもなる。また、隣の菰野町は鈴鹿山脈と自然豊かな森林に抱かれ、三千二百万坪を有してる。選り好みさえしなければ、歩ける道は無限に広がっている。
 無心になって自然の中を歩けば、名も知らぬ草木や虫に出合い、大自然の大いなる魂の存在にも気付く。街中をゆっくりと進めば、人々の素朴な暮らしの側面を身近に感じる。
また、名もない田舎の街道を往けば、昔の旅人とすれ違ったりもする。 
歩くことは心の旅でもあるのだ。
心が遊び歓ぶことだ。
 過去の思い出に涙したり、明日に想いを馳せたりと、その日の気分次第で時間軸の遠方にも彷徨える楽しさがある。
 一方で、余計な事は何も考えずに、今の瞬間を五感で味わいながら、犀の角のように、ただ独り黙して歩めと、かの釈迦仏陀は二千五百年前に言っている。

 散策する人にとっては自然の大いなる存在や神仏と対峙する機会にも恵まれる。私は既に死への恐怖感は無い。残された年月を清貧と孤高の志しで暮らしたいと真剣に想う。
 思索の果てに、生きることとは何かという永遠の課題に何度もぶつかり、書店や図書館に立ち寄った。そこで出会う書物の多くは仏陀やイエスや哲学者の教えだ。
 ひんやりとした初秋の風の中を歩きたいと思い立ち、山裾にあるコンビニエンスストアで休んでいると、ヘルメット姿の若い女性ライダー三人に遭遇した。オシャレなデザインの小型バイクを操り、静岡県からこの菰野町まで駆けて来たのだ。元気に満ち満ちた、若さまっしぐらの彼女らを、駐車から見えなくなるまで見送った。     (完)

エッセイ 「田舎町の裸族」

エッセイ 「田舎町の裸族」  

 昨日、介護保険の納入通知書が町役場から郵送されて来た。すぐさま封を切り、私は落胆し、侘しさに襲われた。
高齢者への仲間入りという現実への拒否心と、いよいよ介護対象老人に属されたのだという自己憐憫の混じった思いが暫く続いた。

 一方で、何とか税という名を語った徴収が容赦なく我々を襲っていることを思った。
 生きているだけで町県民税、死んだら相続税、稼いだら所得税、物を買えば消費税、などなど、国や県や自治体はどこまで吸い取れば気が済むのだろうか。そんな社会のルールからはみ出して、いっそ山奥でひっそりと生きた方が楽なのではないか、という以前から感じていた想いが、ぶり返して来た。
 現実に、山林や原野を自力で切り開いて、そこで自給自足に近い生活を始めた人々がたくさん存在する。インターネットのフェイスブック友達の中にも数人いるのだから、全国、、全世界にはかなりの人々がそんな暮らしをしているのだろう。
 彼らの生き方をひと言で表せば、
「清貧の生き方」
「孤高に生きる」
という事になるだろう。彼らの多くは、過去の都市生活を捨てて、山村での暮らし方を選んだ人が多い。過労、複雑なストレス、都市の混雑、エゴにまみれた競争社会への嫌悪感、等々が、彼らに決心と決断を許したたのだろう。
 中には、電気もガスも水道も採っていない家族も実在している。昔に戻った暮らし方を不便だと思うのではなく、楽しんでいる様子がネットの向こうからリアルに伝わってくる。
 確かにそうだろう。決まった時刻に会社に向かう必要もないし、立身出世や昇給などという当てに出来ない妄想に捉われる必要もない。食卓に並ぶ殆どのおかずは、山菜と自然畑で収穫した新鮮で無農薬の野菜類ばかり。
 薪で煮炊きし、風呂を沸かし、冬ならば暖をとる。インターネットには携帯電話を介して繋ぎ、電源は車のバッテリーからインバータを経由して充電している。水は山に流れる清水をホースで引き込んで流し台などに蛇口を設けてある。
 私もそんな彼らのように自由になるべきなのかもしれないと思いつつ一年間を過ごした。。
 そんな出会いなどがきっかけのひとつになって、私の調べものの範囲は、日に日に拡大して行った。最初は自給自足のための自然農法について読んだり聴いたりした。いわゆる無農薬で無肥料の、生命力が強い自然野菜などを栽培する手法だ。すると、その学習の中に、人の健康ととは何ぞや、というテーマが繋がっていることに気付く。そして、健康とは何かを調べ始めると、医療や薬や食品添加物や放射能汚染まで幅広い分野へと更に深く繋がっている。
 そんなこんなの自己学習が約2年ほど続いた。
 これらの多様なテーマも、インターネットでの検索と、ユーチューブという動画サイトを探すことで、極めて速く知識を得ることが出来た。「健康とは」、で検索すると、たくさんの見出しの中に「生きるとは」、という項目にもぶつかる。
ついでにそれも見てしまう。生きる、というテーマを辿って見て行くと、哲学や宗教に出くわす。
 「人間にはなぜ苦が絶えないのか」という話がたくさん載せられている。逃げても誤魔化しても追いかけて来る苦労や苦悩から解脱するには、釈迦の教えを実践するしかない、と悟りつつある。
 そうこうして思考の世界を次から次へと旅していると、当初の「清貧の生活」「孤高の生き方」も、すべては自我の問題である、という地点に達する。

 大衆消費社会は現在も続いているが、日々の暮らしの中で少しでも手作りの料理をして、毒素の多い加工食品は減らそう、また、電気も水道も節約して質素な生活に戻ろう、という姿勢は、まさに釈迦の悟りの方向と一致していると知ることになった。

2017年2月1日水曜日

食べない健康法

 野生の動物は毎日、365日、食べ物が獲られない。
そのために、体内に脂肪とかたんぱく質という形で栄養素を蓄えていて、外から食物を得られない時期を生き延びている。
人間も全く同じ機能を備えているが、人間だけは毎日、必要以上の食物を食べ続けてしまうという、すなわち、不自然な食生活を文明によって獲得してしまった。
当然のことながら、過剰な栄養と空腹時間の激減が人体と精神に異常な状態を生み出したのが現代である。
 昔には無かったような、様々な贅沢病が蔓延している。糖尿病、腎臓病、血管、心臓病から精神不安定など。
さらに、加工食品などが流通し始めて、必ず数十種類もの食品添加物や残留農薬が食事として体内に毎日入って来る。
 身体を病み、心を病み、医者代と薬代で経済は高成長している始末だ。

2017年1月30日月曜日

引き寄せの法則、、、が巷で流行っていますが、、、。

●「引き寄せの法則」というのが巷で流行っていますが、

 ①その真の仕組みを本当に理解し、本質を納得していない限り、引き寄せるものが期待外れになったり、あるいは、むしろ害になったりする訳です。

 昔から「願えば必ずそのようになる」といった成功法則が言われています。
それはその通りなんですが、現実は簡単ではないのです。
要約すれば、願う人の「心の状態」が本来の位置にあるかどうか、ここが大きな分かれ目になっています。

 では、本来の心の位置とは何かですが、
【無我、無欲】の位置にあるかどうか、というのが答えです。
例えば、引き寄せたい対象が自分にとって強い欲望を伴っていた場合は無理です。
逆に、引き寄せたい対象が欲得ではなくて、純粋な愛や慈悲の心から出ている場合はOKです。

でも、引き寄せたいということは「欲望を満たしたい」ということではないか、との疑問が湧いてくることと思います。
そうです。欲があるから何かを引き寄せたいわけですから、
「無欲」での引き寄せなんてあり得ないんです、実際は。。。

 強い欲望はダメです。弱い欲望もダメです。かなり薄い欲望で願うしかないのです。
そんなこと言ったら出来ないのでは、、と感じるでしょうが、それが出来るのが「悟りを得た人、または悟りつつある人」です。

悟りとは、すなわち、
現世での経済的な渇望や名誉を欲する欲望を捨てたところにしか無いのです。簡単に言えば、幼い子供が「アイスクリームが食べたいなぁー」と、ほんとに単純に、しかも策略も計算も無しで望んだとします。
こういった無欲に近い願い事は、遅かれ早かれ実現することが多くなります。

 それとは逆に、
「今年中に何としても○○を手に入れるぞー」と気合を入れて、根性を据えていきり立っても、途中で何らかの障害が出たりして、その願望が叶うことがない、という結果に陥ることが多いのです。

このような原理は宇宙の法則「ダンマ、法」なのです。
川に浮かぶ船が、流れに従って進めば楽に進めるし、流れに逆らえば困難になる、というのと同じ法則です。

 結論的には、欲を手放した生き方をすれば、おのずと向こうから幸福がやって来る、ということなのです。
更に言えば、自分のために頑張るのではなくて、他人の喜ぶ行為、周囲を良くする行為をたんたんと行って行けば、何も求めなくても、向こうからやって来るのです。

 仏教では「心所」と言います。心がどんな位置にいるか、善所か悪所かです。
心をキレイで平穏に保っていれば願いごとなどしなくても幸福な日々が実現するのです。        以上



2017年1月29日日曜日

日本人長寿の鍵?



 健康で長寿というのは生物なら誰もが望むことですね。

微生物がそれを支えているという事ですが、
あらゆる生物、すなわち微生物自身から土壌、河川、空気、植物、動物に至るまで、
細菌やバクテリアなどの共存で命を繋いでいます。
人間の体内にも60兆個の細胞と100兆個の細菌類が棲んでいて、
それぞれの役割を果たしてくれているそうです。

引用記事 ↓

日本人長寿の鍵? 効率よく栄養素作成


 日本人はコメやパンなどの炭水化物から無駄なく栄養素を作る腸内細菌が際立って多いなど、欧米や中国など外国人と腸内細菌が大きく異なる特徴を持つことを、早稲田大の服部正平教授(ゲノム科学)らの研究チームが国際科学誌に発表した。腸内細菌は病気や健康との関連が指摘され、「世界一長い平均寿命などにも関係している可能性がある」という。
     人の大腸には約1000種類の細菌が数百兆個いて、健康に大きな影響を与えているという。研究チームは、19〜60歳の健康な日本人男女計106人を対象に腸内細菌の遺伝子を解析。欧米や中国など11カ国計755人のデータと比較した。
     その結果、日本人の場合、炭水化物を分解して出る水素を使い、無駄なく栄養素を作る腸内細菌が多かった。外国人の場合、水素で不要なメタンを作るものが多かった。また、日本人の約90%に海藻を消化する遺伝子を持つ腸内細菌がいるのに対し、外国人では最高で約15%の人にしかいなかった。
     さらに、日本人の腸内細菌には、DNAが傷ついた時の修復に関わる遺伝子が少なかった。これはDNAが傷つきにくい腸内環境のため、修復の遺伝子を持つ細菌が増えなかったことを示す結果という。人の細胞の「がん化」につながるDNA損傷も起きにくいとみられる。
     腸内細菌の違いは、食生活や人種などが大きな要因とされてきたが、細菌全体の種類別構成でグループ分けすると、日本人はフランスやスウェーデンなどと近く、米国・中国とは別のグループになることも分かった。服部教授は「食事や人種、地理的要素だけでは説明しきれないことが分かった。今後解明したい」と話している。【藤野基文】

    2013年10月9日水曜日

    老いらくの日々・孤高と清貧

     やらねばならぬことが、

    ひちと、ふたつと減って来て、

    今ではもう、

    息をすることが主たる仕事となり、

    排便と睡眠と少食と

    外気に触れることと

    太陽光に浴することと

    たまに、畑に自生する葉や大根などを採ること。

    洗濯や布団干しなど、

    決められていない気まぐれの仕事にここちよさを感じたり、

    たいした食事をしてもいないのに

    顔のひげや頭髪や爪は伸びてくる。


    さあて、今日も何をするでもなく

    しかし、生きているこの肉体に痛みを与えたくもないので、

    それなりの動きを強いること、

    すなわち、わずかな行動、足を運び、手を動かし、、、

    と、少しは動く衝動に従って、

    まるでイモ虫のような日々となった。 

    さう云えば、イモ虫は何も考えていないから、
    なぜ今ここに自分が在るのかさえも考えないから、
    彼は幸福でもないし、不幸でもない。
    ただ、在るのみだから、、、。

    私は貧しさを仕方なく生きる、、、のではなく、
    さりとて、投げやりに暮らすのでもありません。
    仏教的に言えば 「足るを知る」 というものです。
    長い人生をコツコツと耐えて働き続けて来た訳ですから、
    もういいじゃぁーないか、という諦めと、何とかなるさというつかみどころもない希望によって生きるのです。


    2013年10月8日火曜日

    年金にも課税、資産にも課税、相続課税下限も引き下げ

     借金が積もり続ける国の打開策として、
    年金収入への課税、動産不動産資産額への課税、相続時の課税強化が現政権の施策として予定されている。数年後から発動されるだろう。
     国の狙いは、貯め込んでいる老人の何百兆円とかの排出を促すことだそうだ。

    将来不安が根底にあるので、多額の預金がある老人でさえも貯め込む事に必死なのだ。

     しかし、われわれ貧乏老人には殆ど関係が無い。
    あるとすれば、消費税率の上昇と年金額の実質低下であるが、これもまた「そもそもお金が無いからお金を使えない老人」にはあまり恐怖でもない。

     大金持ちもまた多少の資産減少を気にしないだろうから、
    慌てるのは大多数を占める小金持ちから中金持ちの人々になるのだろう。

    2013年10月1日火曜日

    ボケーっと見てないでヒントを得る

     テレビを見ていると様々なヒントが発見出来る。


    新聞でも雑誌でもチラシでも、他人の会話内容など
    何でもそうだ。

    僕は新聞をとっていないのでテレビがヒント獲得の中心となっている。

     例えば、健康サプリメントの宣伝番組を見たとしよう。

    「黒酢にニンニクを丸ごとほうり込んだ健康飲料」の場合、

    そうなのか、、、じゃあ、家の酢にニンニクを入れて自作できるじゃないか!

    、、、と、こんなあんばいだ。
    買えば数千円、自作すれば千円もかからない。

     これはケチって生きているのではない。
    売られている既製品には食品添加物が少なからず混入されているからだ。
    そもそも大昔から人間が食べてきたものに対しては、
    人間の消化器官は良し悪しを選別する能力を備えているが、
    文明による化学合成された新モノについては、
    毒なのかどうかの判別が出来ないのは当たり前であるから、
    その成分がどんな形で身体や心の障害として噴出するか見当もつかないからである。

     世間の様々な情報をボケーッとして見ていないで、
    その様相に対して、ある程度の疑惑と調査を行うのが
    元気でいてくれる我が生命へのせめてもの思いやりではないのかと言いたい。

    2013年9月26日木曜日

    老人に残されたものは在宅での生業だけになる

     人間は、その年代に係わらず何かをしていないとノイローゼに陥る。

     青年期には多様な関心と興味が日々を満たし、中年期では生活費を稼ぐことに年月を消費する。
    そして老年期には、もう既に義務は無いが負債だけは残る。
    負債とは「生き続ける義務のような」ものだ。
    生き続ける義務を果たすためには、最低でも月々数万円以上が必要となる。
    まさに「負債」のようだ。
      生まれようとして生まれたのでもなく、
    気が付いたら自分が居た、という次第なのだから、
    そして負債を負わされているのだと気付く。
    究極的には、生きている事にも何らの価値は無いのだし、
    いっそ死んでしまおうかという人々も少しはいる。
    一方では、死にたくない、死にたくない、と必死で願う人々もいる。
    私の場合は、別にいつかは死ぬのだから、早かろうが遅かろうが構わないと、ずっと以前から確信している。

     全くの理想的な暮らし方をすれば人間の寿命は120歳までは生きられるそうだ。
    長く生きたい人は健康に留意してそれなりの長寿を味わって下さい。
     老いて来ると、仕事はほとんどが自炊と洗濯と掃除になります。
    もちろん、読書やテレビ、音楽のおかげで退屈からは逃れられますが、逃れるのではなく、何もなくても楽しい心もちを会得するべきなのです。
     見ることも聞くことも嗅ぐことも味わうこともないが、
    こころは静かで安穏であるという状態を死ぬまでに体得すべきなのです。
    永遠の幸福感、、ニルバーナ、涅槃の境地です。
    この境地を身に付ける訓練としての瞑想が主たる生業となります。


    2013年9月24日火曜日

    成長点を含めた全体食をする

    ●年齢を重ねるほどに、誰もが「健康な状態で生き延びたい」と願い始めます。
    幸いにも現在まで歳相応の健康体で生きて来られたことに感謝しつつ、これからも死ぬ間際まで元気でいたいというわけです。
    そんな大切な健康状態を左右する最も大きな要素は3つほどあると言われています。

    ①毒素の少ない食事
    ②熟睡睡眠
    ③適度な運動  、、、です。

     食事の材料は、毒素の少ない食材で、しかも、成長点を含めた全体食をする、というところにポイントがあります。
     米でも野菜でも果物でも、それがめきめきと大きく育つ成長部分が成長点と呼ばれています。その部分は、栄養的にも生命力的にも、数倍以上の滋養があります。
     細胞がどんどんと分裂しているエネルギーを食べるということ。そして、全体を食べるということです。
     魚であれば、イワシなどの小魚を頭からシッポまで食べるわけです。魚という生命体に必要十分なフルセットの栄養を頂くことが出来ます。
     野菜でも、根から葉の先まで全体を調理して食べます。
    (全体食)

    ●人は得てして、サプリメントを買って飲もうとか、栄養剤を買って飲んでみようかとか、お金で買えば簡単だと思いがちですが、そこには落とし穴があります。
    それは、食品添加物という化学物質が含まれているという害の事です。
     私の場合は、野草(ヨモギ、柿の葉、桑の葉、イチョウの葉、スギナ、セイタカアワダチソウ、、、、などなど)を乾燥して茶にして飲んだりすることで、ビタミン、ミネラル、その他様々な滋養成分を摂るようにしています。
    漢方薬も野草が中心です。
     自然界では、野性の動物など、木の葉や草を本能的に分かるらしく、野草で病を癒しているようです。

    ●人工的な医薬品には、確かに特効薬的な効き目がありますが、あくまで応急処置的な使い方に限定すべきだと思います。飲み続ければ僅かな成分でもいつの日か別の内臓疾患などを生じると思うからです。
     その点では、自然界のものをかなり希釈して茶として飲む場合は、副作用の心配は無いようです。通常のお茶の濃さの1/30ほどの薄さで飲みます。


    「過去」のある老人は強い

    「過去のある人」というと、犯罪者のことかなと思われそうですが、その犯罪者も含めて、過去に並みの人間では経験しないような体験をした人は、強いのです。

    過去には強かったけど、今は弱っているという人もいますが、いざとなったら彼らは強いです。

     苦労(会社に従属して耐えて来た苦労などは除く)を乗り越えてきた人、

     借金苦を乗り越えて来た、今は普通の人(頑張って代表選手に選ばれた人や政治屋、成功者なども除きます)

    いわゆる、地面に叩きつけられて這い上がって来た普通の人、これが一番強いんです。

    名誉を目指したわけでもなく、利権を欲したわけでもなく、尻の穴が小さかったのでもない、
    普通の人が過去を持っている場合が最強なのです。
     何に対して最強なのか、、、。
    貧乏生活に対しても最強となれるのです。
    捨てるものが無い状況を過去に経験済みだからなんです。

    夏は蚊帳

    夏になると蚊が動物の血を吸いに来ます。


     いらっしゃーい、とは言っておれませんので、

    ベープだのキンチョールだのがよく売れているようですね。

    しかし、お金の無い貧乏老人には昔からの知恵があります。

    ズバリ、、、蚊帳です。

    蚊帳であれば「無駄な殺生(蚊を殺すこと)」もせずに済みます。

    そもそも地球上のあらゆる生物は、
    本来的には平等なのです。
    生きる権利と喰われる負債をバランスしながら、
    それなりに必死に生きようとしているのですから、
    「蚊」は殺してもよいのだというのは人間の利己主義ではないでしょうか。
    蚊は蚊なりに生まれて来て、老いて死んでいきます。
    人間も生まれて来て、老いて、病んで死んで逝きます。
    だから、生物はみな兄弟なのです。
     ただ、弱肉強食といわれているように、
    生きるために他の命を頂くという最低限の罪は許されるでしょう。
     夏は蚊帳。。。これで無駄な殺生は避けて通れます。

    貧乏独居老人にも恋愛は必須

    年寄りがいい歳こいて恋愛などとチャンチャラおかしい、と思っていた。

    男と女の現役はせいぜい中年までであって、それ以降は渋いお茶をすすり合いながら思い出話に耽るものだと信じていた。

     しかし、現実はそうでもなかった。
    自分自身がそうでもなかったからである。
    老人の一人身での生活は、私の場合はとても快適なのだ。

    一般的に老人女性は再婚を望まないそうで、老人男性は再婚相手を欲するそうです。
    その理由は想像が出来ると思います。

    独身老人男 「身の廻りの世話をしてくれる女はいないかな」

    独身老人女 「いまさら男のパンツなど洗いたくもない」  だそうです。