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2018年5月23日水曜日

癌ガンがんの消し方・仙人思考

●仙人的視点からのガン細胞の死滅手段

・肺癌ガンがん  やかんで水を弱いめにて沸騰させ、

その蛇口から噴き出してくる「蒸気」を鼻から吸いこみながら呼吸することで、

微細な高温の水滴が気管支から肺内へと届き、

患部に接する。

・蒸気の代わりに「酸水素ガス」または「水素ガス」を吸引しても似たような効果があると思われる。

・薬品とか、放射線とか、切り取るとかの怖ろしい手段を用いることなく、

昔ながらのありふれたものの中から、アイデアによって色々な方法を探してみれば、

それなりの結果が現れる。

・呼吸、水、食事、生命力、など【地・水・火・風】で出来上がっている身体と肉体であるから、

魔術的なものではない現実の方法で解決すべきである。

2018年5月17日木曜日

酸水素ガス吸引と温熱療法をタダで実現

酸水素ガス吸引健康法、
温熱療法、を手軽にやるには、
・車を利用した低温サウナに
・12Vシガーソケットからの電源で酸水素ガスを発生しながら、吸入する。

・これだけで、体温が上がり、汗が滲み出て来ます。
体内には水素がまわり、体温が上がると、活性酸素が減り、体温で免疫がアップ。
・私はやってみて、かなりの健康法だと実感‼
・あくまで自己責任でやる方法です。
・お問い合わせ
080 6970 5708 いきまで。

2018年4月9日月曜日

アースの作り方

室内に配線が入る。


 外からサッシの隅を通して、室内に配線をする。

 

アース棒を土に打つ。ホームセンターで売ってます。


 部屋内にアース線が届く。これにピラミッドなどを繋ぎます。



2017年7月19日水曜日

2016年12月9日に、「水素ガス吸入」が厚生労働省の先進医療Bとして
認可されましたので、お知らせいたします。

 
●先進医療の各技術の概要
第3項先進医療【先進医療B】(66種類)
68番 水素ガス吸入療法 12月9日
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan03.html

水素ガスの効果と安全性が世界ではじめて国(厚労省)から認められました。

『水素ガス』が認められたということは、
酸素ガスに水素ガスを2%混ぜて生体内に送り込む今回のやり方だけでなく、
液体に水素ガスを含有させている水素水の飲用や、水素点滴にしても
水素ガスを生体内に送り込むという点では同じといえます。

つまり、水素ガスの送達手段は1つではないということです。
『心肺停止後の水素ガス供与が有効である』とのことは
水素ガスの大きな可能性を示唆しており、今後も医療機関での活躍に期待しています。

2017年4月15日土曜日

シューマン波、シューマン周波数はスマホで無料で作れます。

話題のシューマン周波数を発生させるのに無料の方法がありました。

・スマホのアプリのひとつを使えば、7.83HZを正確に作れて、
それをそのまま音(耳には聴こえないスピーカーの振動。目で見るとスピーカーが動いています)で出せますし、
あるいは、変調して聴こえる周波数で出力したりも出来ます。

・ただ、そのアプリの使い方は、電子工学とか電気とか物理とかが得意であった人の

レベルでないと、設定の意味が理解出来ずに難しいと思われます。

・やり方はお電話で、実際にスマホを操作しながら説明させていただきます。
、、、手間暇がかかりますので、申し訳ないのですが、有料です。

・説明時の電話は、こちらからの「カケホーダイ」で架けますので、通話料金はご心配いりません。最初の申し込みだけ手短に電話下さい。 080-6970-5708 イキです。
快眠快寝波(かいみんかいしんは)Ver2 AC-HK02



2017年2月14日火曜日

破れかぶれ長寿法

 まあ、この歳まで生きたのだから、あとは余録の年月だと悟れば、
やることはただひとつ。
 いかに元気で長らえるか、健康寿命を楽しめるかという一点に絞られる。
 様々な健康法がちまたに溢れてはいるけれど、そのどれか一つを徹底的にやったところで、必ずしも効果がてきめんとは行かないだろう。

 何故ならば、生命体は肉体的にも様々な自己防御機能と自己回復機能を備えているし、不具合の要因もこれまた数個程度では済まず、複雑多義に亘るからである。
 だから、こうしたら長生き出来るという話は、1つや2つのやり方で成り立つ筈がない。
少なくとも片手指の数以上の条件や環境が揃わないと無理な相談だろう。

 私が集めた、そして私がやっている長寿法は以下のものである。(順浮動)

1 死の練習(瞑想)

2 テラヘルツ波を浴びる

3 水素ガスを吸う

4 炒り玄米をボリボリ食べる

5 夜の熟睡

6 ゴマ、きな粉、野草茶を食す

7 酢、梅酢ドリンクを飲む

8 波動の高い水を飲む

9 生野菜酵素を造って飲む

10 炭酸、クエン酸水を飲む

11 白湯を飲む

12 少食、不食、ファスティング

13 麦飯石水溶液(ミネラル)を飲む

14 小麦製品、白砂糖、植物油を避ける

15 遠赤、竹炭、備長炭で共振する

16 悩みなしの状態にいる

17 予定を立てない、やらねばを捨てる

18 迷わない、継続の切断または停止

2017年2月11日土曜日

歩くことは生きること (エッセイ)

歩くことは生きること (エッセイ)

 私は六十四歳後半で勤め人を辞めた。
老いが始まった今頃になって真の自由を与えられても、今さら何が出来るのかという無力感が頭をよぎった。
それと同時に、働き続けても資産家にはなれないラットレースの経済社会で人生の元気な時期の大半を消耗してしまったという、残念な思いもあった。
 退職の数か月後には年齢が六十五歳に達し、それに追い討ちを掛けるかのように、町役場からの郵便で、わが身が高齢者扱いとなった現実を思い知らされた。
 数ヶ月が過ぎると、週日を自宅で過ごすという不自然さにも慣れて、無職生活への覚悟も固まった。しかし、何をするでもない、目的もないふらふらとした時間を過ぎやる日々が続き、食欲も精神の活力も失われ、全身にもけだるさが充満し始めた。
 ある朝、心機一転を決し、世の先輩ご老人方を見習って歩く運動を始めることにした。
 家の周辺や近隣の緑地帯を一時間程度歩き回るのだ。家に戻ると確かに身も心も快適になっていた。
 現役の頃、年に数回は朝早く職場に行く必要があった。まだ夜が明けぬ薄暗い田んぼ道を車で行くと、突然に路肩を歩く高齢者たちに何度も遭遇した。世間の一部では老害とも揶揄される昨今だが、私も彼らの仲間になってしまったのだ。

 歩くということの充実感に味をしめて、ひたすら歩いていると、時々自分の意識がゆっくりと別の精神空間に移動することがある。それは一種の幻覚に違いない。ネット検索で調べてみると、脳科学的にもそのような抽象空間が認識できるとの見解も載っていた。
 何とも爽快な感覚なのだが、肉体の快活さが引き金となって、脳内にドーパミンなどの快感ホルモンが分泌される現象なのだろう。元来、原人類は歩いて新天地を目指した。シルクロードを旅した遠い先人たちも見果てぬ地の先に希望と不安を抱えながら歩いていたに違いない。
 歩くということは肉体の動作を指すだけではない。人の一生がまさに歩き続けることなのだ。暮らしの形も質も大きく変わってしまった現在だが、やはり今でも人は生きることの先に希望と不安を抱いて歩いている。
 時間という絶対的なものが停止しない限り、宇宙に存在するあらゆる物質は立ち止まることが許されない。この地上に生命を受けた私も、その宿命として一秒たりとも休むことなく歩むことを強いられている。そうであるならば、多少なりとも、今よりも心を豊かにするために歩くべきだと思った。
 時間は未来から過去に向かって流れている。
後方には過ぎ去った過去が見える。歳月を振り返れば、誰もが生きるために必死に歩き続け、走り疲れてつまずき、深い谷間に迷い込んだ経験があるに違いない。
 迷いは決して多感な青春期だけのものではない。人生のあらゆる場面で人はに判断と決断を迫られ続ける。歩くことはまさに人生そのものであり、旅することでもある。

 穏やかな伊勢湾と、点在する多くの緑地に恵まれた四日市市の面積は六千二百万坪にもなる。また、隣の菰野町は鈴鹿山脈と自然豊かな森林に抱かれ、三千二百万坪を有してる。選り好みさえしなければ、歩ける道は無限に広がっている。
 無心になって自然の中を歩けば、名も知らぬ草木や虫に出合い、大自然の大いなる魂の存在にも気付く。街中をゆっくりと進めば、人々の素朴な暮らしの側面を身近に感じる。
また、名もない田舎の街道を往けば、昔の旅人とすれ違ったりもする。 
歩くことは心の旅でもあるのだ。
心が遊び歓ぶことだ。
 過去の思い出に涙したり、明日に想いを馳せたりと、その日の気分次第で時間軸の遠方にも彷徨える楽しさがある。
 一方で、余計な事は何も考えずに、今の瞬間を五感で味わいながら、犀の角のように、ただ独り黙して歩めと、かの釈迦仏陀は二千五百年前に言っている。

 散策する人にとっては自然の大いなる存在や神仏と対峙する機会にも恵まれる。私は既に死への恐怖感は無い。残された年月を清貧と孤高の志しで暮らしたいと真剣に想う。
 思索の果てに、生きることとは何かという永遠の課題に何度もぶつかり、書店や図書館に立ち寄った。そこで出会う書物の多くは仏陀やイエスや哲学者の教えだ。
 ひんやりとした初秋の風の中を歩きたいと思い立ち、山裾にあるコンビニエンスストアで休んでいると、ヘルメット姿の若い女性ライダー三人に遭遇した。オシャレなデザインの小型バイクを操り、静岡県からこの菰野町まで駆けて来たのだ。元気に満ち満ちた、若さまっしぐらの彼女らを、駐車から見えなくなるまで見送った。     (完)